「発展途上国」は「発展」するべきでないと僕は思う。
ここ1年で東南アジア6ヶ国、ヨーロッパ7ヶ国の計13ヶ国を周って
今は日本にどっぷり日本に根を張っているかっちゃんです。
先日ヨーロッパに飽きて帰ってきたと書きました。
(↓詳しくはこちら)
そのままヨーロッパに移動したのですが、
ヨーロッパを旅しているときにどうも違和感が拭いきれませんでした。
あれだけ憧れていたヨーロッパなのに、なぜかしっくりこない。
ある時ふと。
何が足りないのかがわかった。
それは、東南アジアの人々の親しみやすさと笑顔。
僕は高校2年生の時に初めて海外に行った。
それは本当に偶然、
それまで東南アジアに暑い、汚いという
イメージしか持っていなかった16歳の僕にとって、
シンガポールの発展度合いや街や人々から感じる熱気は衝撃だった。
しかし、19歳になった昨夏の僕は
てっきり東南アジアの凄さは
目覚ましい経済発展なのだと思っていた。
人々が何の仮面も被らず通り際の
外国人や観光客に笑顔で話しかける。
経済的な観点から見ると
決して裕福とは言えないであろう屋台のおっちゃんたちが、
あんなに笑顔で幸せそうに仕事をしている。
実際は僕達には見えないところで大変なこともあるのかもしれない。
でも、少なくとも僕には
新宿の街をしかめっ面で競歩のようなスピードで歩いている日本人よりも
東南アジアの屋台のおっちゃんの方が幸せそうに見えた。
僕は発展途上国についてほとんど何も知らない。
経済格差など、問題はたくさんあるのかもしれないけど、何も知らない。
開発援助を志す人とかからすれば、
何言うてんだこいつって感じなのかもしれない。
でも、それでも僕は、東南アジアには
日本人や先進国の人たちが忘れてしまった
最も大事な何かが残っている唯一の場所なんじゃないかと思った。
だから、僕は本当に無知で勝手ながら、
東南アジアに発展してほしくないと思っている。
ヨーロッパを旅していた時、東南アジアに帰りたくなった。
東南アジアにいると、自分も何もなくても常にニコニコしていられるから。
何も考えずに現地の人に話しかけることができるから。
素の自分でいられる気がするから。
東南アジアの屋台のおっちゃんに、
幸せとは何かを考えるきっかけをもらった。
あの人たちは、自分が笑っているだけじゃなく、
その笑顔で周りの人を幸せにしている。
それって、大金持ちなことよりも、
大きな家を持つことよりも、すごいんじゃないか。
そう思った。
自分もあんな風に笑顔でいたいなって。
これからどんな仕事をすることになるかわからないし、
将来何が待っているかなんてわからない。
でも、日本にいようとどこにいようと、
一番大事なことだけは忘れずに生きていきたいなって、そう思った。
東京の喧騒とすごいスピードの中で一歩づつゆっくり歩いて行く。
・ラオスゆったりしてた
・カンボジアのどっかの遺跡で。カメラ好きすぎ。
・トゥクトゥクの人ええやつやった。シャイすぎ。
・おみやげだいぶ値段交渉して結局仲良くなった。
・シェムリアップの最高のカフェ
・この人より象使いっぽい象使いいるんやろか。
背中が全てを語ってた。
チップで有り金全部持っていかれた。
・サンダル交換してよろこんでたドライバー。
・ダナン空港→ホイアンで永遠に歌歌って鬼絡みしてきたええやつ。
読んでくれたみなさん、ありがとうございました!
終わり。